空を見上げると、飛行機の後ろに白いスジが長く伸びていることがありますよね。あの白いスジは「飛行機雲」と呼ばれます。ただのきれいな模様に見えますが、実は地球の気候変動にも関わる、とても重要な存在だと考えられています。
ここでは次のようなことを説明していきます。
・飛行機雲はどうやってできるのか
・どんな時に長く残るのか
・なぜ地球温暖化と関係しているのか
・どんな対策が考えられているのか
飛行機雲の正体
飛行機雲の正体は「小さな氷の粒がたくさん集まった雲」です。
でき方としては、冬に外で息を吐いたとき、自分の息が白く見えるのとよく似ています。
ただし、飛行機が飛んでいるのは、マイナス40度以下にもなる、とても寒い「上空の対流圏から成層圏」という世界です。そこで起きるので、地上とは少し違うルールが働きます。
飛行機雲ができる主な原因は二つあります。
- エンジンから出る高温の排気ガスによるもの
- 翼のまわりの空気が急に冷やされることによるもの
この二つを順番に見ていきます。
エンジン排気でできる飛行機雲
冬の白い息との共通点
ジェットエンジンの中では、燃料が燃えることで
・二酸化炭素
・水蒸気
・熱
が大量に作られます。
エンジンの出口から出てきたばかりの排気ガスは、とても熱くて水蒸気もたっぷりです。
それがまわりの冷たい空気と混ざると、急に冷やされて、水蒸気が小さな水の粒になり、さらに凍って氷の粒になります。これが、目に見える白い飛行機雲です。
ここで大切なのは次の2点です。
・「どれくらい冷えるか」
・「空気にどれくらい水蒸気があるか」
この組み合わせによって、「雲ができるか、できないか」が決まります。
この条件を調べるための専門的な基準が「シュミット・アップルマン条件」と呼ばれています。難しい名前ですが、やっていることは「排気ガスとまわりの空気を混ぜたとき、途中で水が結露して、氷になれるかどうか」をチェックしているだけです。
エンジンが高性能だと、雲ができやすくなる?
おどろくかもしれませんが、最近のエンジンは燃料をムダなく使える「高効率エンジン」であるほど、飛行機雲ができやすくなると考えられています。
理由はこうです。
・効率が高いエンジンほど、排気として捨てられる「熱」が少ない
・同じ量の水蒸気を出しているのに、温度は低めという状態になりやすい
・その結果、排気とまわりの空気を混ぜたとき、飽和しやすくなり、雲ができやすくなる
つまり、省エネなエンジンはCO2を減らす点では良い一方で、「飛行機雲はできやすくなる」という、少しややこしい状況になっているのです。
燃料の種類で変わる「できやすさ」
燃料の種類でも、飛行機雲ができやすいかどうかが変わります。
・ケロシン(いまの主流のジェット燃料)
・液体水素
・液体メタン(LNG)
水素やメタンは、燃やしたときにたくさんの水蒸気を出します。そのため、上空が少しあたたかくても飛行機雲ができやすくなると予想されています。
ただし、後で出てくるように、水素やメタンは「煤(すす)」をほとんど出さないため、雲の性質そのものは今の飛行機とは少し違うと考えられています。
翼のまわりでできる「空気力学的飛行機雲」
飛行機雲にはもう一つのタイプがあります。
それが「空気力学的飛行機雲」と呼ばれるものです。
これはエンジンの排気とは別に、次のようなしくみでできます。
・翼の上側では空気の流れが速くなり、圧力が下がる
・圧力が下がると、空気は膨張して温度が下がる
・その一瞬の冷え込みで、水蒸気が一気に凝結して白い雲ができる
戦闘機が急旋回したとき、翼の上にモクモクと白いベールのような雲がまとわりつく映像を見たことがあるかもしれません。あれが典型的な空気力学的飛行機雲です。
特徴は次の通りです。
・湿度が高ければ、地表に近い高さでも発生する
・たいていはすぐに消えてしまう、短命な雲
・しかし、上空の空気がとても湿っている場合は、そのまま長く残ることもある
目に見えない「粒子」がカギを握る
水蒸気が雲になるには、「足場」となる小さな粒子が必要です。
この粒子のことを「核」と呼びます。
飛行機の排気の中には、次の二種類の粒子が含まれています。
- 不揮発性粒子(すす、ブラックカーボンなど)
- 揮発性粒子(硫酸の粒や有機物などの極小粒子)
すす粒子の役割
すすは、燃料が完全に燃えきらなかったときにできる黒い炭素のかたまりです。とても小さな粒がブドウの房のようにつながった形をしています。
このすすが、氷の結晶が育つための核として、とても重要な役目を果たします。
・すすの表面には小さな穴や溝がたくさんある
・そこに水蒸気が入り込み、液体の水としてたまりやすい
・その水が凍ると、氷の粒の成長が始まる
つまり、すすは「氷の芽」を大量にばらまいているようなイメージです。
硫黄のコーティングと氷の数
燃料の中に硫黄が多いと、燃えたあとに硫酸ができ、すすの表面をコーティングします。硫酸は水を引き寄せやすい性質があるため、すすが水をつかまえる力が強くなります。
その結果、同じ環境でも
・氷の粒がたくさんできる
・粒は小さめで数が多い雲になる
という傾向があります。
逆に、すすの量がとても少ないと、最初はなかなか氷ができません。その間に周りの湿り気(過飽和)がどんどん高まり、ふだんなら核にならないような小さな粒まで氷の核として働き始めます。
このように、「すすを減らせば飛行機雲がゼロになる」というほど単純ではなく、他の粒子も関わってくることが分かってきました。
飛行機雲が長く残るとき、すぐ消えるとき
同じ飛行機でも、ある日はすぐ消えるのに、別の日は何本も空に残り続けることがあります。
この違いを決めているのは、エンジンではなく「周りの大気の状態」です。
氷に対して湿りすぎた空気「ISSR」
飛行機雲が長く残る条件は、上空の空気が「氷に対して過飽和」になっていることです。これを英語で「Ice Supersaturated Region」、略してISSRと呼びます。
・温度はおおむねマイナス40度以下
・氷に対する相対湿度が100パーセントを超えている
このような空気の中では、氷の表面に向かって水蒸気が次々とくっついていきます。
そのため、エンジンから出た水分を使い切った後も、周りの湿気を取り込みながら氷の粒が成長し、雲はなかなか消えません。
「飛行機雲が長く残ると天気は下り坂」は本当?
昔から「飛行機雲が長く残ると天気は悪くなる」と言われることがありますが、これは科学的にも一理あります。
・低気圧や前線が近づくと、大気全体に上昇気流が起きる
・空気が上に持ち上げられると、膨張して冷え、湿度が上がる
・その結果、上空に広いISSRができやすくなる
つまり、飛行機雲が太く長く広がっているということは、「上空の湿度が高まり、天気が崩れる準備が進んでいるサイン」と考えられます。
逆に、飛行機雲がすぐ消える日は、上空が乾燥していて、安定した高気圧に覆われている場合が多いと解釈できます。
飛行機雲から「飛行機雲起源の巻雲」へ
長く残った飛行機雲は、時間がたつと形を変えていきます。
・上空の風で横に引き伸ばされる
・乱流によって広がる
・元の細いスジ雲から、広がったベールのような雲になる
最終的には、もともと自然にできる巻雲と区別がつかない姿になります。このような雲は「飛行機雲起源巻雲」と呼ばれます。
見た目は普通の巻雲でも、「もとは飛行機がきっかけでできた雲」ということです。
飛行機雲と地球温暖化
飛行機雲やそこからできた巻雲は、地球のエネルギーの出入りを変えてしまいます。
働きは大きく二つあります。
・太陽光を反射して地表を冷やす効果
・地表から出る赤外線を閉じ込めて温める効果
薄い氷の雲である飛行機雲の場合、全体としては「温める効果の方が強い」と考えられています。つまり、飛行機雲は地球温暖化を進める方向に働きます。
昼と夜で変わる影響
このバランスは昼と夜で大きく変わります。
・昼間
太陽光があるので、反射による冷却効果もある程度働く
・夜間
太陽光がないので、冷却効果はほぼゼロになり、温める効果だけが残る
そのため、夜に発生した飛行機雲は、同じ雲でも温暖化への影響が大きくなります。
研究では、特に「夜間に湿った上空を飛ぶ飛行機」が、気候への負担が大きいと考えられています。
飛行機雲による影響を減らすには
飛行機雲を完全になくすことは難しいですが、その気候への影響を減らすためのアイデアはいくつも提案されています。
持続可能な航空燃料(SAF)
SAFと呼ばれる新しい航空燃料は、植物油や廃棄物などを原料として作られています。特徴は次の通りです。
・硫黄分や芳香族(すすのもとになる成分)がとても少ない
・そのため、排気に含まれるすすの量が大きく減る
すすが減ると、氷の粒の数が減り、一つ一つの氷晶は逆に大きくなります。
すると
・雲があまり濃くならない
・氷が重くなり、早く落ちて消えやすくなる
といった効果が期待されています。
モデル計算では、条件が良ければ飛行機雲による温暖化効果を3〜4割ほど減らせる可能性があるとされています。
飛行ルートや高度を工夫する
飛行機雲が長く残るのは、ISSRという限られた領域だけです。つまり
・天気予報データなどからISSRの位置を予測する
・特に夜間、その領域を通る便だけ高度を少し変える
といった工夫をすれば、飛行機雲の影響をかなり減らせると見込まれています。
研究によると、全フライトのうち数パーセントだけルートや高度を調整するだけで、飛行機雲による温暖化の一部を大きく減らせる可能性が示されています。
もちろん、高度を変えると燃料消費が増えてCO2が増えることもあるため、「CO2」と「飛行機雲」の両方をうまくバランスさせる計画づくりが必要です。
水素やメタンへの燃料転換
水素やメタン燃料への転換は、すすの排出をほぼゼロにできるという意味で、とても魅力的です。
ただし
・水蒸気の排出量が増えるため、飛行機雲自体はできやすくなる
・一方で、煤がほとんどないため、雲は今より薄く、影響も小さくなると予想される
といった、新しいタイプの課題も生まれます。
インフラ整備や安全性の確保も含めて、長期的な研究と計画が必要なテーマです。
まとめ
最後に、ここまでのポイントを整理します。
・飛行機雲の正体は、エンジン排気や翼のまわりでできた氷の雲
・エンジンが高効率になるほど、熱は減るが飛行機雲はできやすくなるというパラドックスがある
・すすや硫酸のようなナノサイズの粒子が、雲のでき方や性質を大きく左右している
・上空が氷に対して過飽和なISSRにあると、飛行機雲は長く残り、巻雲のように広がっていく
・飛行機雲やその起源の巻雲は、全体として地球を温める方向に働き、特に夜間の影響が大きい
・SAFの利用や、ISSRを避ける運航、将来の水素燃料などの組み合わせによって、CO2だけでなく「飛行機雲由来の温暖化」も減らせる可能性がある
飛行機雲は、ただの空の模様ではなく、ナノサイズの粒子から地球規模の気候までつながっている、とてもおもしろくて重要な現象です。
これからの持続可能な航空を考えるとき、「飛行機雲をどうコントロールするか」は、CO2と並ぶ大事なテーマの一つになっていくと考えられています。

