エミー賞は、テレビや配信ドラマ、バラエティ番組などで「すごく良い仕事をした人たち」に贈られるアメリカの大きな賞です。映画のオスカー、舞台のトニー、音楽のグラミーと並ぶ存在で、テレビの世界では一番有名な賞と言ってよいくらいの権威があります。
最初の授賞式が開かれたのは1949年。まだテレビが実験的な新しいメディアだった頃から、エミー賞は「どんな番組がすぐれているのか」を基準づくりしてきました。つまり、テレビの歴史そのものと一緒に歩いてきた賞です。
名前とトロフィーに込められた意味
エミーという名前の元になったのは、昔のテレビカメラに使われていた部品「イメージ・オルシコン」の愛称「Immy」です。これを、より名前らしくするために「Emmy」としたと言われています。
トロフィーの形にも意味があります。
・翼の生えた女性
芸術を象徴している
・その女性が掲げている原子の模型
科学技術を象徴している
テレビというメディアは、「芸術」と「科学」が合わさってできている、というメッセージが込められているわけです。だからエミー賞は、俳優や脚本家だけでなく、撮影、編集、音響、メイク、CGなどの技術スタッフもきちんと評価する仕組みになっています。
EGOTって何? エミー賞の位置づけ
アメリカのエンタメ業界でよく出てくる言葉に「EGOT」があります。
・E = Emmy(テレビ)
・G = Grammy(音楽)
・O = Oscar(映画)
・T = Tony(舞台)
この四つの賞を全部とった人は「EGOTホルダー」と呼ばれ、ショービジネス界の大スターとして特別視されます。今までに達成した人は数十人しかいません。
このことからも、エミー賞が「テレビの世界で頂点クラスの証」であり、俳優や音楽家にとってキャリアを完成させる重要なピースだとわかります。
実は一つじゃない「エミー賞」
エミー賞という名前は一つですが、運営している組織は三つに分かれています。それぞれ担当する分野が違うので、どの番組がどのエミー賞に出せるかは、かなりきちんと決められています。
・ATAS
・NATAS
・IATAS
順番に見ていきます。
ATAS プライムタイム・エミーを担当する本家
正式名称は「テレビ芸術科学アカデミー」。ロサンゼルスに本部があり、主に担当しているのは次のような賞です。
・プライムタイム・エミー賞
アメリカの夜の時間帯に放送・配信されるドラマ、コメディ、バラエティなど
普段ニュースで「エミー賞で〇〇が作品賞」と言われるときは、ほとんどがこのプライムタイム・エミー賞のことです。会員は数万人規模で、俳優、監督、脚本家、編集、音響など、細かく職種ごとにグループ分けされています。
NATAS 昼番組、ニュース、スポーツなどの専門家
NATASは「全米テレビ芸術科学アカデミー」で、ニューヨークにあります。担当している主な賞は次の通りです。
・デイタイム・エミー賞
・ニュース・ドキュメンタリー・エミー賞
・スポーツ・エミー賞
・技術・工学エミー賞
・アメリカ各地のローカル番組を表彰する地域エミー賞
昼にやっているトークショーや子ども向け番組、ニュースやスポーツ中継などは、こちらの管轄です。
IATAS 国際エミー賞を担当する「世界への窓」
IATASは「国際テレビ芸術科学アカデミー」。これもニューヨークにありますが、対象はアメリカ国外で制作され、最初に放送された番組です。
・日本を含む世界のテレビ局や配信サービスの作品が対象
・授賞式には世界中のテレビ関係者が集まる
日本で作られたドラマやドキュメンタリーが世界から評価される場が、ここでの「国際エミー賞」です。
ダブルエントリーは禁止
エミー賞の大事なルールに「ダブル・ディッピング禁止」があります。一つの番組が、複数のエミー賞に同時に出ることはできません。
・ATAS、NATAS、IATASのどれか一つだけにエントリー
・プライムタイムかデイタイムか、アメリカ制作か海外制作かなどで振り分け
例えば、アメリカの夜の時間帯に向けて作られたドラマならプライムタイム・エミー、海外で制作され現地で先に放送された番組なら国際エミーというように、入り口がきちんと分かれています。
どうやって受賞者が決まるのか
エミー賞で一番大事なのは、「業界のプロ同士が評価し合う」という仕組みです。これを支えているのが「ピア・グループ制度」です。
ピア・グループ制度
会員は全員、実際にテレビ業界で働いている人たちです。彼らは自分の専門に合わせてグループに分かれます。
・俳優グループ
・監督グループ
・脚本家グループ
・編集グループ
・撮影グループ
・メイク、衣装、音響など
投票のポイントは、「自分の専門を中心に投票すること」です。俳優は演技賞について、監督は監督賞について、といった具合に、プロがプロを評価する形になっています。
投票方法の変化
昔は「ブルーリボン・パネル」と呼ばれる少人数の審査員チームが、候補作品をじっくり見て採点するスタイルが中心でした。公平性は高い一方、視聴者にあまり知られていない作品が選ばれることもありました。
最近は、インターネットを使って多くの会員がオンラインで投票できる方式に変わってきました。
・最終投票に参加できる会員の範囲を拡大
・順位をつけて投票する方式から、「一番良いと思う作品を選ぶ」シンプルな方式へ
その結果、話題性の高いヒット作品が受賞しやすくなったと言われていますが、あくまで投票しているのは業界のプロです。
プライムタイム・エミー賞とクリエイティブ・アーツ
プライムタイム・エミー賞には、大きく二つの授賞式があります。
作品賞や主演俳優が注目される本編
こちらはいわゆる「テレビ中継される華やかな授賞式」です。
・対象
ドラマ作品賞、コメディ作品賞、主演男優・主演女優賞、監督賞、脚本賞など
・特徴
レッドカーペットや豪華なスピーチが注目される
ニュースで映るのはだいたいこの部分です。
職人たちをたたえるクリエイティブ・アーツ
本編の直前に行われるのが「クリエイティブ・アーツ・エミー賞」です。
・対象
撮影、編集、美術、衣装、メイク、ヘアスタイル、音響、VFX、スタント、キャスティング、アニメーション、ドキュメンタリーなど
・特徴
見た目は少し地味だが、作品の質を支える職人たちをたたえる場
もらえるトロフィーは本編と同じで、「価値に差はない」というのが大事なポイントです。むしろ、どれだけ多くのクリエイティブ・アーツ部門を取れるかが、その作品全体の完成度を示す指標になったりします。
日本とエミー賞の関係
日本の作品やクリエイターも、長年エミー賞と関わっています。特に国際エミー賞の世界では、ドキュメンタリーや教養番組がよく評価されています。
ドキュメンタリー分野での強さ
・NHKや民放各局のドキュメンタリー
戦争、震災、家族、人間ドラマなどを深く掘り下げた作品が高い評価を受けてきました。
・東日本大震災の報道
災害の現場を真剣に伝えたニュースが、国際エミー賞のニュース部門で受賞したこともあります。
「人の生き方に寄りそう番組づくり」が世界に伝わっている例と言えます。
アニメが抱えてきた壁
日本のアニメは世界的に人気がありますが、エミー賞、とくにプライムタイム・エミーの本選ではなかなか存在感を出せませんでした。
・アメリカのアニメ部門はコメディが中心
シンプソンズやサウスパークのような作品が強く、日本的な長編ドラマタイプのアニメは入り込みにくい
・一方で、日本のスタジオがアメリカ作品の制作に参加して、デイタイム・エミーで受賞するケースもある
これは、日本のアニメ技術が世界の制作現場でも重要な役割を担っていることを意味しています。
2024年の大事件 SHOGUN 将軍が変えた風景
日本にとってのエミー賞のイメージを大きく変えたのが、ドラマ「SHOGUN 将軍」です。
なぜ国際エミーではなくプライムタイム・エミー?
SHOGUN 将軍は、
・舞台は日本
・セリフの多くが日本語
・キャストも日本人が多数
という作品なのに、国際エミーではなく、アメリカ本家のプライムタイム・エミー賞で歴史的快挙を達成しました。
理由はシンプルです。
・制作と配信の中心がアメリカのFXやHuluなど
・アメリカの視聴者向けにプライムタイムのドラマとして出された作品
つまり「日本を舞台にしたアメリカのドラマ」として扱われたのです。
記録的な受賞と日本人俳優の快挙
SHOGUN 将軍は、一つのシーズンとして史上最多クラスのエミー賞受賞数をたたき出しました。
・ドラマ作品賞
・主演男優賞 真田広之
・主演女優賞 アンナ・サワイ
・監督賞
・撮影、美術、衣装、メイク、スタント、音響、VFXなど多数の技術部門
真田広之とアンナ・サワイの受賞は、日本人・アジア系として歴史に残る出来事です。
何がそんなに大きな意味を持つのか
この出来事は、いくつかの点で大きな転換を示しています。
・字幕への抵抗が弱くなった
以前は「アメリカの視聴者は字幕を嫌う」と言われていましたが、今は内容がよければ外国語でも受け入れられやすくなっています。
・本物らしさの重視
時代考証や日本文化の描写が、アメリカの業界人からも「本物でクオリティが高い」と評価されたこと。
日本の俳優やスタッフが、アメリカのメイン舞台で実力を認められた、象徴的な例と言えます。
他にもいる日本ゆかりのエミー関連人物
SHOGUN 将軍以外にも、日本や日本人に関わる例はいくつもあります。
・特殊メイクのカズ・ヒロ
映画界で有名ですが、ドラマ作品でもエミー賞に絡む仕事をしています。
・近藤麻理恵
片づけの本を元にしたNetflix番組が、エミー賞にノミネートされました。
・日本スタジオが参加したアメリカ向けアニメ
スターウォーズ関連アニメなどで、デイタイム・エミーを受賞した例があります。
こうした流れを見ると、「日本はテレビのエミー賞から遠くない存在」だとわかります。
ストリーミング時代とエミー賞
エミー賞の歴史は、そのままテレビの形の変化の歴史でもあります。
・昔
地上波の大手テレビ局が中心
・その後
HBOなどのケーブル局が、表現の自由度を武器に高評価作品を連発
・最近
Netflix、Amazon、Disney+、Apple TV+などの配信サービスが台頭
配信サービスが増え、作品の数もクオリティも爆発的に増えた時代は「ピークTV」と呼ばれています。映画で活躍していた監督や俳優が、テレビシリーズに参加するのも当たり前になってきました。
エミー賞は、この変化に合わせてストリーミング作品も積極的に評価することで、「テレビと配信ドラマの最高峰」を示す役割を続けています。
オスカーとのちがい
よく比べられる映画のアカデミー賞(オスカー)とエミー賞の違いも整理しておきます。
・対象
オスカーは映画、エミーはテレビと配信シリーズが中心
・部門数
オスカーは二十数部門と少なめ
エミー賞は技術部門まで含めると数百カテゴリーに分かれる
・チャンスの回数
映画は一年一作品が基本なので、チャンスは一度きり
ドラマシリーズはシーズンが続く限り、毎年チャンスがある
その分、エミー賞は業界のトレンドや、多様な人材の活躍が数字に出やすい賞でもあります。
まとめ エミー賞が教えてくれること
ここまで見てきたように、エミー賞は次のような特徴を持っています。
・テレビと配信ドラマの世界で最高レベルを決める賞
・ATAS、NATAS、IATASという三つの組織が、それぞれの分野を担当
・プロ同士が専門分野で評価し合う仕組み
・作品だけでなく、職人技術を支える多くの人たちも正当に評価
・日本のドキュメンタリーや、日本人俳優、スタッフも着実に存在感を増やしている
昔はアメリカのローカルな賞だったエミー賞は、今や世界中のクリエイターが目指す「国際的な指標」になりました。
SHOGUN 将軍の成功は、「日本の物語」「日本語」「日本の俳優」が、アメリカのど真ん中のステージでもトップになれることをはっきり示しました。これからも、国境や言語を超えて、どんな作品がエミー賞に選ばれていくのかを見ることで、世界のドラマや番組づくりの最前線が見えてきます。

