時代劇を見るときは「髪型」に注目しよう
時代劇を見ていると、同じ侍なのに
頭のてっぺんがつるつるの人と、全部の髪を後ろで結んでいる人がいます。
一見すると「好みの問題かな」と思いがちですが、実は大きな意味の違いがあります。
月代(さかやき)と呼ばれる、頭頂部からおでこにかけて剃り上げた髪型は
その人の身分、仕事、年齢、経済状態、性格や生き方まで表す「記号」のような存在でした。
ここでは、
「なぜ剃る人と剃らない人がいるのか」
「それが何を意味しているのか」
を整理してみます。
月代ってそもそも何?どうして生まれたのか
最初は「勝手に剃った」わけではない
月代というと「頭を剃ること」と思いがちですが、始まりは少し違います。
昔の日本の男の人は、貴族でも武士でも
外に出るときは冠(かんむり)や烏帽子(えぼし)という帽子をかぶるのが普通でした。
素頭を人前に出すのは「はしたない」とされていたからです。
ところが、長いあいだ硬い帽子をかぶり続けると
- 縁が当たる部分の髪が、こすれて抜けてしまう
- おでこのあたりから自然に薄くなってくる
ということが起きます。
この「自然に抜けてしまった部分」が、もともとの月代でした。
最初はわざと剃っていたのではなく、ある意味「職業病」のようなものだったのです。
どうして「月」という字が当てられたのか
月代という漢字は、本来の意味から来たものではなく、当て字と言われています。
ただ、半円形に見えるおでこのラインを「月」に見立てた、という説もあります。
いずれにせよ、武士たちはこの独特の見た目を
「武士らしさ」や「男らしさ」と結びつけて考えるようになっていきます。
戦国時代、なぜわざと剃るようになったのか
兜をかぶると頭が大変
戦国時代になると、月代は「自然に抜けたあと」ではなく
「戦うために、わざと剃るもの」に変わっていきます。
理由の中心にあるのが、兜(かぶと)の存在です。
- 甲冑を着て長時間戦う
- 日本は暑くて湿気も多い
- 兜の中は蒸れて汗だくになる
この状態で髪を全部残していると
- 頭に熱がこもって、のぼせたり気を失ったりしやすい
- 汗と皮脂で不衛生になり、かゆみや湿疹が出る
- 濡れた髪が乱れて目にかかり、視界をさえぎる
と、命に関わる問題が出てきます。
「現役の戦闘員の証」としての月代
そこで武士たちは、兜が当たる部分の髪を、わざと抜いたり剃ったりするようになりました。
頭頂部からおでこにかけての部分を中心に、髪をなくしてしまうことで
- 兜の中が少しでも涼しくなる
- 衛生状態が改善される
- 髪が目に入らなくなる
といったメリットがあったからです。
つまり
- 頭を剃っている人 = 兜をかぶる「現役の武士」
という意味が強かったのです。
逆に言えば
- 戦場に出ない人
- 兜とは無縁の暮らしをしている人
には、わざわざ痛い思いをして月代を作る必要がありませんでした。
江戸時代、なぜ平和になっても月代は続いたのか
「戦うため」から「身分の印」へ
江戸時代になると、大きな戦争はほとんどなくなります。
なのに、月代の風習は消えるどころか、むしろきれいに整えられた形で広まりました。
このころの月代は
- 武士であることの証
- 大人として一人前である証
- 主君や社会に従うまじめさの証
といった、「社会的なメッセージ」を持つようになります。
つまり
- 月代をきちんと剃り、髷(まげ)を結っている人
→ 武士(またはそれに近い身分)、組織に属する人、きちんと暮らしている人
というサインになったのです。
月代はお金と手間のかかるヘアスタイル
月代をきれいに保つには、かなりの維持費が必要でした。
- 髪は毎日少しずつ伸びる
- 青々としたきれいな剃り跡を保つには、こまめな手入れが必要
- 髪結いさん(今でいう理容師)に通うお金も必要
そのため
- 月代がきれいな人
→ 身なりに気を使えるだけの「お金」と「心の余裕」がある人 - 月代が伸び放題の人(無精月代)
→ 貧しい浪人、牢屋暮らしの人、病人など、苦しい状況にいる人
というイメージで描かれることが多くなります。
時代劇で、荒れた月代が出てきたら
「この人、今つらい状態なんだな」と読み取ることができます。
「剃らない人」たちは誰なのか
では、頭を剃らない人、つまり総髪(そうはつ)の人たちはどんな人でしょうか。
いくつかのタイプに分けて考えることができます。
浪人(ろうにん)
主君を失い、藩も仕事もない侍が浪人です。
- 給料がないので、髪結いに通うお金がない
- 主君がいないので、「兜をかぶる準備」としての月代を維持する意味が薄い
そんな理由から、総髪の浪人が多く登場します。
ただし、全ての浪人が総髪だったわけではありません。
- 再就職したくて、いつでも仕官できるように身なりを整えている浪人
→ 月代をきちんと剃っていることも多い - 世間や体制に反発している浪人
→ あえて荒々しい総髪にして、「俺はお前らとは違う」というメッセージを出す
時代劇では、後者のような「野性味のある総髪浪人」が
かっこよく描かれることがよくあります。
医者・学者・茶人などの専門職
武士と同じくらいの地位を持ちながら、戦いが本業ではない人たちもいました。
- 儒学者(学者)
→ 「体も髪も親から授かった大事なものだから、傷つけてはいけない」という
儒教の考えを大切にし、髪を剃らない人が多かった - 医者
→ 人を殺す武士ではなく、人を救う存在として、僧侶のように剃髪したり総髪にしたりして
「武士とは違う」と区別された - 茶人・芸術家
→ 武士の世界の中で、少し自由な「文人」の雰囲気を出すため、総髪が好まれた
このような「剃らない人たち」は
- 武力ではなく、知識や技術で生きる人
- 組織の武力システムの外側にいる人
という意味を持っていました。
元服前の少年
元服とは、今でいう成人式のような大事な儀式です。
昔はだいたい12〜16歳くらいで行われました。
- 元服前の少年は、前髪を残した髪型をしている
- 元服のときに初めて、前髪をそり落として大人の髪型になる
そのため、時代劇で前髪のある若い侍が出てきたら
- まだ子ども
- まだ一人前ではない
という意味が込められています。
隠居した人や病人
家督を息子に譲って隠居した老人は
- もう現役で奉公する義務はない
- 楽に暮らすために、髪型のルールからも少し解放される
ということで、総髪になったり、短く刈ったりしていることがあります。
長く病気をしている人も、月代の手入れを免除されることがありました。
時代劇での「剃る・剃らない」の演出
主人公の髪型には理由がある
昔の時代劇では、主人公はきちんと月代を剃った侍が多かったのですが
戦後の映画やドラマでは、総髪のヒーローもたくさん登場するようになりました。
その背景には
- 現代の感覚だと、月代はどうしても「ハゲ」に見えやすい
- 総髪の方が、俳優の顔立ちが映え、かっこよく見えやすい
- 組織に縛られない、自由なアウトローを表現するのに、きっちりした月代より
風に揺れる総髪の方が合っている
といった映像的な理由があります。
つまり、総髪の主人公は
- 社会の枠から少し外れた存在
- 自分の信念で動く個性的な人物
として描かれることが多いのです。
悪役の月代にも意味がある
一方で、悪徳代官や意地悪な上級武士などは
- やたらと広い月代
- 不自然なほどガチガチに固めた髷
で描かれることがあります。
これは
- かたくなで融通のきかない権力者
- 規則や体面ばかり気にする嫌な大人
といったイメージを、髪型で分かりやすく表現しているのです。
時代ごとに変わる「ふつうの髪型」
月代や総髪の意味は、時代によっても変化していきました。
ざっくりと流れを追うと、次のようになります。
戦国〜安土桃山時代
- 目的はとにかく「戦いやすくすること」
- 月代は広く、あまりきれいに整っていないことも多い
- 兜をかぶるための、実用本位のスタイル
この時代を描いた作品では、荒々しい月代がよく見られます。
江戸初期〜中期
- 平和になり、髪型も「おしゃれの対象」に
- 月代は少し狭くなり、髷の形にもこだわりが出る
- 町人も武士の真似をして月代を剃るようになり
「男の身だしなみ」として広まる
髷の種類も増え、髪型そのものがファッションになっていきます。
幕末〜明治維新
- 尊王攘夷などの新しい政治思想が生まれる
- あえて月代を剃らない総髪の志士たちが登場する
→ 「古い幕府から離れ、別の道を選ぶ若者」という意味合いが強い - 明治の断髪令によって、髷そのものが時代遅れなものとされる
- ザンギリ頭へと移行し、侍の髪型は歴史の中に消えていく
時代劇で「髷を切るシーン」が印象的に描かれるのは
それが単なるイメチェンではなく
- 武士という身分からの卒業
- 古い社会制度との決別
を象徴しているからです。
まとめ:「頭を剃るかどうか」は人生のスタイルの違い
最後に、「頭を剃っている人」と「剃っていない人」の違いを
簡単に整理してみます。
- 月代ありの人
→ もともとは兜をかぶる「現役の戦士」
→ 江戸時代には、武士であること、組織に属していること、真面目さの印になった - 月代なし(総髪)の人
→ 浪人、医者、学者、芸術家、元服前の少年、隠居した老人など
→ 戦わない人、組織の外側にいる人、別の価値観で生きる人を表すことが多い
時代劇を見るとき、登場人物の頭頂部に注目すると
- この人は今、組織の中の人なのか、外の人なのか
- 安定した生活をしているのか、苦しい状況なのか
- まじめな忠臣なのか、自由を求めるアウトローなのか
といったことが、セリフより先に「髪型」で伝わってくることがあります。
次に時代劇を見るときは、
刀や殺陣だけでなく、髷と月代にもぜひ注目してみてください。
きっと物語の見え方が、少し変わってくるはずです。

