クリスマスが近づくと、よく話題になるのが「クリスマスイブって結局いつからいつまでなの?」という疑問です。
カレンダーでは「12月24日」と書いてあるけれど、教会の考え方や国ごとの習慣を見ていくと、境界線は意外なほど複雑です。
先に簡単な結論を書いておくと、クリスマスイブには少なくとも次の三つの見方があります。
1つめ 教会の本来の考え方
12月24日の日没から25日の朝ごろまでが、神学的な意味でのクリスマスの始まりの夜。
24日の日中は本来「イブ」ではない。
2つめ 現代のカレンダー上の考え方
12月24日の0時から24時まで、丸一日が「クリスマスイブ」。
3つめ 日本の文化的な感覚
24日の朝からワクワクが始まり、24日の夜がピーク。
25日の朝にはほぼ「クリスマス終了」という雰囲気。
ここから先では、それぞれの考え方が生まれた理由を、もう少し丁寧に見ていきます。
一日は「日没」スタート?それとも「0時」スタート?
私たちはふつう、「一日は深夜0時から始まる」と習います。
これはローマの時間の考え方や、現代の天文学や法律の決まりごとが元になった考え方です。
けれど、元々ユダヤ教や初期のキリスト教では、一日の始まりは「日没」でした。
聖書の創世記には、世界が作られる場面で「夕べがあり、朝があった。第一の日」という表現がくり返し出てきます。
ここから、「夕方から新しい一日が始まる」という考え方が生まれました。
ユダヤ教の安息日も、金曜日の日没から土曜日の日没までです。
キリスト教もこの感覚を引きついでいるので、教会の世界では今でも「日没スタート」という考え方が生きています。
この考え方をクリスマスにあてはめると、こうなります。
・12月24日の日没までは、まだ「クリスマス前」
・12月24日の日没から、すでに「12月25日のクリスマス」が始まっている
つまり、教会の時間感覚では、24日の夜は「前日」ではなく、もう「当日のスタート部分」なのです。
ここが、私たちの感覚と大きく違うポイントです。
教会の中ではどうなっているのか
カトリック教会の場合
カトリック教会には「待降節」と「降誕節」という季節があります。
・待降節
クリスマスの準備期間。少し引きしめた雰囲気の季節。
・降誕節
イエスの誕生を祝う明るい季節。
この二つの境目が、まさにクリスマスイブの「日没」です。
12月24日の日中はまだ待降節なので、教会の色は紫。
日没をすぎると「主の降誕の第一晩の祈り」がささげられ、祭服の色は白に変わり、お祝いモードに切り替わります。
カトリックには、クリスマスに関して特別なミサがいくつも用意されています。
・24日夕方からの「前夜のミサ」
・24日深夜の「真夜中のミサ」
・25日早朝の「夜明けのミサ」
・25日の日中の「日中のミサ」
このながれ全体が「クリスマスの祝い」です。
だからカトリックの感覚では、「イブはいつまで」というよりも、「日没から夜明けまで続く長いお祝いの夜」というイメージに近くなります。
東方正教会の場合
東方正教会では、12月24日は「パラモニ」と呼ばれます。
言葉の意味は「準備」「待機」で、特別にきびしい断食の日です。
朝から固形物をほとんど口にせず、夕方、一番星が見えるころや礼拝が終わるまで我慢するという伝統もあります。
こちらも一日の始まりは日没なので、夕方の礼拝とともにクリスマスの祝いが正式にスタートします。
信徒の生活の中では
・日没から「お祝いの典礼」が始まる
・でも食事をゆっくり食べられるのは礼拝が終わってから
というように、「時間の区切り」と「生活の区切り」が複雑に重なっています。
「Eve」はもともと「Evening」だった
「クリスマスイブ」という言葉の正体をたどると、英語の単語の変化が見えてきます。
英語の Eve は、もともと Evening(夕方、晩)と同じ語源を持つ言葉です。
昔の意味は、まさに「その祝日の夜」でした。
だから本来の感覚では
Christmas Eve = クリスマスの始まりの夜(12月24日の日没後)
というイメージです。
ところが、社会全体が「0時スタートの一日」に慣れてくると、こう変化していきます。
「12月25日がクリスマス」
「その前日にある晩だから、24日の夜が Christmas Eve」
さらにカレンダーに「12月24日 Christmas Eve」と書かれた結果、多くの人が
「24日という日付そのものがイブ」
という受け取り方をするようになります。
そのため、本来はおかしな表現だったはずの
「Christmas Eve の朝」
「イブの昼」
といった言い方も、普通に使われるようになりました。
他の言語でも、似た変化が起きています。
・ドイツ語の Heiligabend
もとは「聖なる晩」だが、24日全体を指すこともある
・スペイン語の Nochebuena
「良い夜」という意味で、24日の夜のごちそうが中心
・中国語の「平安夜」
「きよしこの夜」に由来し、やはり24日の夜に重点
つまり、「晩」を意味する言葉が「前日全体」に広がっていく現象は、英語や日本だけの話ではありません。
日本で「イブ」が特別な夜になった理由
日本でクリスマスが本格的に広まったのは、戦後の経済成長期です。
キリスト教徒が少ない日本では、クリスマスは宗教行事というより「おしゃれで楽しいイベント」として受け取られました。
この中で、イブの時間の感覚は、次のように変わっていきます。
・お店やデパートが、24日を「クリスマスセールのクライマックス」に設定
・24日の開店と同時に「イブ商戦スタート」という空気
・夜にはケーキとチキン、イルミネーションやデートがピーク
特に1980年代、テレビCMや歌が「イブは恋人と過ごす特別な夜」というイメージを強く押し出しました。
その結果、日本では次のような時間感覚が生まれます。
・24日の朝からワクワク
・24日の夕方から夜が「本番」
・25日はふつうに学校や仕事があるので、「祭りのあと」感が強い
欧米では25日を家族でゆっくり過ごす国も多いのに対して、日本では24日の夜にすべてが集中する、少し変わったパターンになっています。
さらに、日本ならではの食文化もイブの時間を形づくっています。
・ケンタッキーのフライドチキン
・いちごのショートケーキ
これらは、予約時間や受け取り時間がはっきり決まっています。
つまり、多くの家庭にとっては
「チキンやケーキを取りに行って、食卓に並べるところからがイブの始まり」
という、かなり現実的な時間の区切りも存在しているわけです。
なぜ「前夜」が「当日」より盛り上がるのか
世界の多くの地域で、25日当日よりも24日の夜のほうが盛り上がる傾向があります。
北欧のユール、ドイツのハイリヒアーベント、スペイン語圏のノーチェブエナなども、祝祭のピークはやはり「イブ」です。
理由の一つは、「境界の時間」だからです。
・日常から非日常へと切り替わる瞬間
・長く続いた準備期間の終わり
・これから何か良いことが起こりそうという期待
プレゼントを開ける前が一番ドキドキするのと同じで、「本番そのもの」より「直前の時間」の方が楽しいという心理が働きます。
また、夜という時間帯そのものも特別です。
・暗闇の中でのイルミネーション
・キャンドルやツリーの光
・静かな街にしずかに降る雪
こうした演出は、「闇の中に光が来る」というクリスマスのメッセージを、感覚的に味わわせる役割も持っています。
クリスマスは本当はいつ終わるのか
「イブはいつまで」という問いは、裏返すと「クリスマスはいつ終わるのか」という問いでもあります。
多くの人は
・25日の夜
・日本なら26日の朝に門松が出てきた瞬間
あたりを「クリスマスの終わり」と感じるかもしれません。
しかし、教会の暦ではもっと長い期間が設定されています。
・降誕の八日間
12月25日から1月1日までの8日間は、毎日が「クリスマスの延長」のような特別な日。
・十二夜(Twelvetide)
12月25日から翌年1月5日までの12日間。飾りつけは1月5日の夜まで残すのが伝統とされることも多いです。
・公現祭とその後
1月6日の公現祭でクリスマスシーズンが一区切りし、教会の暦上は「主の洗礼の祝日」までをクリスマスの季節と見ることもあります。
さらに広い意味では、2月2日の「主の奉献の祝日」までを、イエスの誕生に関わる長いサイクルと考える場合もあります。
つまり、「最短のクリスマスの終わり」は25日の日没ごろ、
「最長のクリスマスの終わり」は翌年の2月2日ごろ、ということもできるのです。
まとめ クリスマスイブを三つのレベルで考えてみる
最後にもう一度、「クリスマスイブはいつからいつまでか」を整理します。
・教会の本来の感覚
12月24日の日没から、25日の朝あるいは日中へと続く夜の時間帯。
イブは「前日」ではなく「クリスマス当日の最初の夜」。
・現代のカレンダー上の感覚
12月24日という日付全体。
0時から24時までが「イブ」とされ、「イブの朝」「イブの昼」という言い方も広まっている。
・日本の文化的な感覚
24日の朝に気分がスタートし、夕方から夜がピーク。
25日は平日であることが多く、実際には「24日の夜」がすべての中心になっている。
クリスマスイブは、ただの24時間の区切りではありません。
古代から続く「日没スタート」の時間感覚、教会の厳密な典礼、そして現代の商業や恋愛文化が重なり合って生まれた、とても複雑でおもしろい「時間の重なり」なのです。
自分が今どのレイヤーで「イブ」を感じているのかを意識すると、いつものクリスマスが少し違って見えてくるかもしれません。

