アヤメ、ハナショウブ、カキツバタ、西洋アイリスにショウブ。名前はよく聞くのに、どれがどれか分からない、という人は多いと思います。実はこのグループ、姿が似ているだけでなく、名前の歴史や分類の変化が重なって、とても複雑な関係になっています。
結論から言うと
「ショウブ(菖蒲)はアイリスの仲間ではなく、全く別の植物」
「アヤメ・ハナショウブ・カキツバタ・西洋アイリスは同じアヤメ属の親戚同士」
「水が大好きな種と、むしろ水が苦手な種がはっきり分かれる」
この3点を押さえておくと、名前の混乱もだいぶスッキリして見えてきます。
ここからは、それぞれの植物の正体と見分け方、育つ環境、そして文化とのつながりを、順番に整理していきます。
まずは整理しよう「誰が誰の仲間なのか」
よく一緒くたにされる6つの植物を、大きく二つのグループに分けてみます。
● アヤメ科アヤメ属(本当のアイリス仲間)
・アヤメ(Iris sanguinea)
・ハナショウブ(Iris ensata)
・カキツバタ(Iris laevigata)
・ジャーマンアイリス(Iris germanica)
・ダッチアイリス(Iris hollandica)
● ショウブ科ショウブ属(アイリスではない)
・ショウブ(Acorus calamus)
アヤメ、ハナショウブ、カキツバタ、西洋アイリスたちは「アヤメ属」という同じグループの近い親戚です。一方で、端午の節句に使う「ショウブ」は、単子葉植物の中でもかなり早い時期に分かれた、特別なグループに属していて、アイリスとは大昔に進化の道が分かれています。
見た目の雰囲気は似ていますが、進化の歴史を見ると「遠い他人」という関係です。
一番ややこしい「ショウブ」と「ハナショウブ」
名前が一番ややこしいのがこの2つです。
・ショウブ
端午の節句のお風呂に入れる、葉に強い香りがある植物
花は地味で、棒のような花序がつく薬草タイプ
・ハナショウブ
梅雨の頃に咲く、色とりどりの大きな花で有名な園芸植物
派手な花びらを持つ、アヤメ属の一種
昔の日本では、香りのするショウブを「あやめ」と呼んでいた時代があり、のちに花が美しいアヤメ属の植物が「あやめ」の名前を奪っていきました。その結果
・もともとの「あやめ」は「ショウブ」に名前が変わる
・花のアヤメやハナショウブは「菖蒲」の漢字を使うことがある
という、ややこしい入れ替わりが起きてしまいました。
覚え方は簡単です。
葉をちぎってみて、強い香りがあればショウブ。
香りがなく、代わりに大きく派手な花が咲くならアヤメ属です。
花で見分けるコツ
ここからは、よく混同される4種+西洋アイリスの花の特徴を、シンプルにまとめます。
アヤメ(Iris sanguinea)
・花びらの付け根に、細かい「網目模様」がある
・黄色い地に紫のスジが入り、レースのような模様に見える
・花は比較的小さめで、葉と同じくらいか少し低い位置に咲く
・山野の乾いた草地に生える
「文目」という漢字は、この網目模様が由来です。
ハナショウブ(Iris ensata)
・大きな花びらの中央に、はっきりした「黄色の目」がある
・アヤメのような網目模様はなく、黄色の斑点や筋がポイント
・品種がとても多く、三枚咲き、六枚咲き、八重咲きなど形も豊富
・巨大輪では花の直径が20cmを超えることもある
梅雨の名所で見られる「花菖蒲まつり」は、このハナショウブのことです。
カキツバタ(Iris laevigata)
・花びらの中央に、細い「白い筋」が一本すっと入る
・アヤメの網目も、ハナショウブの黄色の目もない
・花色は主に青紫で、変異は少なめ
・池や沼の浅い水辺に生える、水が大好きなタイプ
「いずれアヤメかカキツバタ」という言葉は、どちらも美しくて選べないという意味です。
ジャーマンアイリス(Iris germanica)
・外側の花びらの付け根に、フサフサの「髭(ひげ)」が生える
・そのため「有髭アイリス」とも呼ばれる
・髭の色が花びらと違うことが多く、観賞ポイントになっている
・葉は厚く、やや灰緑色で、乾いた場所を好む
ヨーロッパ原産で、晴れて乾いた庭に向くアイリスです。
ダッチアイリス(Iris hollandica)
・球根で育つアイリスで、切り花としてよく出回る
・花はやや小型で、スリムな姿
・外側の花びらに黄色やオレンジの模様が入り、少しハナショウブに似て見える
・チューリップと同じように、春の花壇や切り花で活躍
葉で見分けるコツ(水がない季節でも判別できる)
花が咲いていない時期は、葉の「中肋(真ん中のスジ)」を見ると役に立ちます。
・アヤメ
細めの剣形で、中肋はあまり目立たない。やや硬く濃い緑。
・ハナショウブ
剣形で、表と裏に太いスジがはっきり盛り上がっている。触るとしっかり固い。
・カキツバタ
やや幅広で、中肋の盛り上がりがほとんどなく、つるっとしている。黄緑で柔らかい。
・ジャーマンアイリス
幅広で肉厚、粉をふいたような灰緑色。乾燥に強い葉。
・ショウブ
剣形で中肋が太く、葉をちぎると強い香り。光沢がある緑色。
特に「香りがするかどうか」はショウブだけの決定的な特徴です。
水の好みと育つ場所の違い
アヤメ属は「水辺の植物」とまとめて言われがちですが、実は水との距離感がそれぞれ全く違います。
● ずっと水に浸かっていたい
・カキツバタ
浅い水の中が好きな抽水植物です。株元が一年中水に浸かっていても平気どころか、その方が元気です。
● 湿った土が好き、水に沈むのは苦手
・ハナショウブ
湿地の縁で育つ植物です。生育期はたっぷり水を好みますが、冬までずっと水没させると根が腐りやすくなります。名所の「水を張った花菖蒲園」は、見せ方と管理の工夫であって、通年水の中というわけではありません。
● 普通〜やや乾いた場所が好き
・アヤメ
山野の草地に生え、排水の良い土を好みます。ジメジメしたところは苦手です。
● 乾燥気味が好き、水は大の苦手
・ジャーマンアイリス
地中海沿岸の乾いた場所出身です。日本では梅雨の湿気が大敵で、水はけの良い高い畝に浅く植え、根茎に日光を当てて乾きやすくするのがコツです。
● 球根で夏に休む
・ダッチアイリス
球根で育つため、花後は地上部が枯れて休眠に入ります。夏の乾燥をやり過ごす仕組みです。
土の性格の違いも大事(酸性が好きか、アルカリが好きか)
同じ花壇で育てる時に特に注意したいのが、土の酸度の違いです。
・ハナショウブ
弱酸性の土が好きです。石灰分が多い土は苦手で、葉が黄色くなって調子を崩します。
・ジャーマンアイリス
中性から弱アルカリ性の土が好きです。日本の酸性気味の土では、石灰などで酸度を調整してあげるとよく育ちます。
この二つを同じ花壇で元気いっぱいに育てるのは、かなり難しい組み合わせだと覚えておきましょう。
名前に隠れた歴史と文化のストーリー
アヤメやショウブの名前の混乱は、日本の古い文学や園芸文化とも深く関わっています。
● 昔の「あやめ」は今のショウブだった
万葉集や古今集に出てくる「あやめ」は、香りで邪気を払う植物として歌われており、今で言うショウブを指していると考えられています。
● やがて「花のアヤメ」が名前を奪う
時代が下ると、花が美しいアヤメ属の植物が「花あやめ」「花菖蒲」と呼ばれるようになり、今のような呼び方のねじれが生まれました。
● 江戸時代の園芸ブームとハナショウブ
江戸時代には、ハナショウブの品種改良が大流行しました。
・江戸系
・伊勢系
・肥後系
といった系統が生まれ、それぞれ庭植え向き、鉢向き、座敷鑑賞向きなど、目的に合わせた花姿が追求されました。
● 海外に渡った「Japanese Iris」
明治以降、ハナショウブは欧米にも渡り、「ジャパニーズ・アイリス」として独自の品種改良が進みました。その後、日本に逆輸入された品種も多く、今のハナショウブ園は、国内外の歴史が混ざり合った世界になっています。
端午の節句にはショウブの葉の香りを楽しみ、梅雨にはハナショウブの花を眺める、という「用途の使い分け」も日本文化の面白いところです。
開花時期で見る「季節のリレー」
大体の順番は次のようになります。
・春の終わり
ジャーマンアイリスやダッチアイリスが先に咲き始める
・5月ごろ
アヤメが山野で咲き始める
・5月中旬から下旬
水辺でカキツバタが咲く
・6月から7月初め
梅雨の雨とともに、ハナショウブが見頃を迎える
このように、アイリスの仲間は少しずつ時期をずらしながら咲いていくので、種類を組み合わせると、長い期間楽しめる庭づくりができます。
まとめ
アヤメ、ハナショウブ、カキツバタ、西洋アイリス、そしてショウブ。
名前がよく似ていても
・ショウブだけは全く別グループの香りの薬草
・他の4種+ダッチアイリスは、同じアヤメ属の親戚
・花びらの模様、葉のスジ、水の好みで見分けられる
・それぞれ好む土の性質や水分条件がかなり違う
ということが分かると、「なんとなく紫の花」から、「背景の物語まで含めて楽しめる植物」へと見え方が変わってきます。
それぞれの植物が本来育ってきた環境を想像しながら、その植物に合った場所と土と水を用意してあげること。
そして、古い歌や季節の行事の中でどの植物が歌われてきたのかを意識してみること。
この二つを意識するだけで、同じアヤメの仲間を眺める時間が、ぐっと豊かで奥行きのあるものになります。

