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非常口のマークはなぜ緑色なの?

私たちが毎日のように目にしている非常口の「緑の走る人」。
なぜ赤ではなく、緑なのか。なぜ文字だけでなく、人の形なのか。
そこには、目のしくみ、火災の起こり方、大きな火事の教訓など、いくつもの理由が重なっています。

先に一言でまとめると
非常口が緑なのは「暗闇と煙の中でも一番見つけやすく、人が安全な方向へ逃げやすくなる色だから」です。

ここからは、その理由を順番に見ていきます。

もくじ

非常口が「緑色」の理由をざっくり整理

非常口の色が緑なのには、大きく三つの柱があります。

  1. 人間の目のしくみから見て、暗い所でいちばん見えやすい色が緑に近い色だから
  2. 火の色(赤、オレンジ、黄色)の中で、背景に埋もれず一番目立つ反対色が緑だから
  3. 緑は世界的に「安全」「進んでよい」の意味を持ち、ピクトグラムと組み合わせることで誰でも直感的に理解しやすいから

これに、日本で起きた大きなデパート火災の教訓や、その後つくられた国際規格が重なって、今の「緑の走る人」が世界中に広がりました。

人の目と光の関係: なぜ暗いほど緑が見えやすいのか

人間の目は、明るさによって使う「センサー」が切り替わります。
センサーは大きく二種類あります。

● 明るいときに働くセンサー
・「錐体細胞」という色を見るセンサーが活躍する
・このとき一番明るく感じるのは、黄色がかった緑くらいの色
・赤もよく見えるので、信号や注意表示に向いている

● 暗いときに働くセンサー
・暗くなると、色を細かく見分ける錐体細胞はあまり働けなくなる
・代わりに「桿体細胞」という、暗さに強いセンサーが活躍する
・桿体細胞が一番感じやすいのは、青緑に近い色
・桿体細胞は赤い光にはほとんど反応しないので、暗闇では赤がすぐ見えにくくなる

つまり、火災で停電し、薄暗くなった建物の中では
「赤い光」より「緑っぽい光」のほうが、同じ明るさでもずっと明るく感じられます。

限られたバッテリーで長時間光らせないといけない非常口灯にとって、
「少ない電力で、できるだけ明るく見える色」を選ぶことは、とても重要です。
その答えの一つが、緑なのです。

明るさが変わると、目が感じやすい色も変わる

明るい場所から暗い場所へ移動したとき、こんな変化を感じることがあります。

・昼間はきれいだった赤い花が、夕方になると黒っぽく見える
・その代わり、葉の緑色が少し明るく見えてくる

このように
「明るさが変わると、目が感じやすい色も変わる」
という目の性質があります。これをプルキンエ現象と呼びます。

難しい名前ですが、イメージとしては

・明るいときは、赤や黄色にもよく反応する
・暗くなるにつれて、だんだん青緑あたりの光に敏感になっていく

と考えればOKです。

火災時は

・最初はまだ明るい
・停電や煙でどんどん暗くなる

という変化が一気に起こります。
このとき、目の「感じやすい色」が赤寄りから青緑寄りへ移動していきます。

そのため

・昼間でもそこそこ目立ち
・暗くなってからは、より強く浮かび上がる

この二つの条件を満たす色として、緑はとても有利と言えます。

火の赤と非常口の緑: 正反対の色で最大限目立たせる

火災現場でいちばん強く光っているのは、多くの場合、照明ではなく「炎」です。
炎の色は、赤、オレンジ、黄色など、長めの波長の色が中心です。

色の世界では、赤の反対側に位置する色が緑です。
このような正反対の色どうしは、隣り合うと強烈なコントラストになり、とても目につきやすくなります。

もし非常口サインが炎と同じ赤系統だったらどうなるでしょうか。

・背景の炎と同じ色の仲間になってしまう
・光っていても、周りの炎にまぎれて見分けにくい

一方、炎が赤くゆらめく中で、非常口が緑で光っていれば

・背景とはまったく違う色
・反対色どうしのコントラストで、そこだけ浮かび上がる

という状況になります。

医療現場で手術着が青や緑なのも似ています。
長時間、血液の赤を見続けても目が疲れにくいように、あえて反対側の色を身につけています。
火の赤の中で「逃げ道」を示す色として、緑はとても理にかなっているのです。

煙の中で光はどう見えるのか

「赤い光のほうが波長が長くて、煙の中でも遠くまで届きそう」
と考える人もいます。

この説明でよく使われるのが「レイリー散乱」という言葉です。
これは、空気中のとても細かい粒で光が散らばる現象で、空が青く見える理由にもなっています。

ただし、火災の煙は空気とはだいぶ違います。

・煙の粒は、光の波長と同じくらいか、それより大きいものが多い
・こうした場合は、粒の大きさの影響が強く、色による差があまり大きく出ない
・そのため、「赤だから特別遠くまで届く」とは言い切れない

実際の煙の中では

・どの色の光が一番遠くまで届くか
よりも

・どの色の光が、人間の目にいちばん早く見つけてもらえるか

のほうが重要になります。

ここで効いてくるのが

・暗いところでの緑への感度の高さ
・LEDなどで明るく光らせやすいこと

です。

つまり、煙の中では

「赤だから有利」というより
「明るく発光し、暗い場所で目が敏感になっている緑のほうが、結果として見つけてもらいやすい」

という状況になるのです。

緑が持つイメージとピクトグラムの力

非常口のマークは、色だけでなく形も大事です。
煙やパニックの中では、文字を読んでいる余裕はほとんどありません。
そこで活躍するのが「ピクトグラム」と呼ばれる図記号です。

世界的に

・緑は「安全」「進め」「正常」
・赤は「危険」「止まれ」「禁止」

という意味を持つ色として使われています。

火災はまさに「危険」そのものです。
その中で、逃げる先である非常口を赤で示すと

・危険から逃げたいのに、行き先も危険の色をしている

という、無意識の混乱を生む可能性があります。

一方、出口を緑で示すと

・赤い危険から、緑の安全へ向かう

という直感的な構図になります。

ここに、走る人のピクトグラムが加わります。
文字を使わなくても

「人があっちへ走っている → あそこが逃げる方向だ」

と、一瞬で理解できます。

「走る人」のデザインに込められたメッセージ

今の非常口マークの「走る人」は、日本のデザイナー、太田幸夫さんのチームが考えたものです。

ポイントは次のような点です。

・全力でダッシュしているというより、少し前かがみで落ち着いて走っている
・「急ぐ必要はあるが、パニックにならず落ち着いて行動してほしい」というメッセージが込められている
・文字が読めない子ども、外国人、煙で看板がぼやけた人でも、直感で理解できる

このデザインは、日本で採用されたあと、国際規格にも取り入れられ、今では世界中で使われるようになりました。

大きなデパート火災が変えた日本の非常口

日本がこの緑の非常口マークに早くから取り組んだ背景には、二つの大きな火災事故があります。

・1972年 千日デパート火災(大阪)
・1973年 大洋デパート火災(熊本)

どちらも100人以上が亡くなる、とても痛ましい事故でした。
調査の結果、多くの人が「そもそも出口がどこにあるか分からないまま亡くなっていた」ことが分かりました。

当時の非常口表示は

・小さな白熱電球
・「非常口」という文字だけ
・煙が出ると、ほとんど見えない

という状態で、役に立たない場面が多かったのです。

この教訓から日本は

・文字から図形へ
・赤から緑へ
・弱い白熱電球から、明るい蛍光灯やLEDへ

と、大きく方向転換しました。

そして1982年に新しい基準が整備され、緑の走る人マークが全国に普及していきます。
この日本発の仕組みが、のちに世界標準になっていきました。

緑の誘導灯には2種類ある

実は、日本の緑の非常口誘導灯には、よく見ると二つのタイプがあります。

1つ目は「避難口誘導灯」
・緑の背景に、白い走る人や白い矢印
・意味は「ここが出口そのものです」
・出口のドアの真上などに設置される
・緑の面積が大きく、遠くからでも「ゴール」として認識しやすい

2つ目は「通路誘導灯」
・白い背景に、緑の走る人や緑の矢印
・意味は「出口はこの方向にあります」
・廊下や階段の途中に設置される
・白い部分が周囲を照らす役割もあり、足元の明るさも確保できる

まとめると

・緑地に白は「ここが出口」
・白地に緑は「出口はこっち」

という役割分担になっています。

世界の非常口とアメリカの赤いEXIT

世界の多くの国では、国際規格に従って緑の走る人マークが採用されています。
ヨーロッパ、アジア、オーストラリアなどがこのタイプです。

一方、アメリカでは、今でも赤い「EXIT」の文字サインが多く使われています。

アメリカ側の主な理由としては

・明るい室内で、白い壁の上では赤のほうが目立つと考えられている
・昔から赤いEXITに慣れている人が多く、急に変えると混乱する心配がある

といったものがあります。

ただし、火災時の煙や暗闇での見え方、人間の目の性質を考えると、
緑色ピクトグラムのメリットも大きく、近年はアメリカでも

・床に近い位置に蓄光式の緑の誘導ラインを入れる

など、緑との併用が進む動きも見られます。

これからの非常口サイン

技術の進歩により、非常口サインも進化しつつあります。

・電源が切れても光り続ける、高輝度蓄光材の利用
・蓄光材は黄緑の光を出すものが多く、暗い場所でとても見えやすい
・火災の状況に応じて矢印の向きを変えたり、危険な出口にバツ印を出したりする「動く非常口サイン」の研究

このような新しい仕組みが出てきても、

「暗闇でも見えやすく、炎の赤の中で目立つ緑」

という基本的な考え方は、今も中心にあります。

まとめ

非常口のマークが緑で、走る人の形をしているのは、単なるデザインの好みではありません。

・人間の目のしくみから見て、暗くなったときに最も見えやすい色であること
・火の赤に埋もれず、反対色として強く浮かび上がること
・世界共通で「安全」や「進め」を意味する色であり、文字が読めなくても理解できる図形と組み合わせていること
・過去の大きな火災の反省から、「誰でも、どんな状況でも出口を見つけられるように」と工夫されてきたこと

こうした科学的、工学的、心理的、歴史的な理由が重なって、
今の「緑の走る人」が生まれ、世界中に広がっていきました。

今日もどこかで、停電した建物の中、煙が立ちこめる廊下で、
あの小さな緑の光が、誰かを安全な場所へ導くために働いています。

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